コラム
ここには、当サイトの本編では十分にお伝えしきれなかったことや、トラウマやPTSDの理解に役立つ関連情報をお伝えしていきます。
あなたの関心に合うものが見つかったら、幸いです。
ACEs:子どもの頃の出来事が心身に与える影響
私たちは、自分がどのような家庭に生まれるかを、自ら選ぶことはできません。多くの子どもが安心できる環境の中で成長していくことが望まれる一方で、なかには困難な状況の中で日々を過ごしている子どもたちもいます。このコラムを読んでくださる方にも逆境的な家庭で過ごされた方やそのような方を支援されている方もいるかもしれません。こうした背景を理解するうえで重要な概念の一つとして、「Adverse Childhood Experiences: ACEs(小児期逆境体験)」があります。
ACEsとは、0〜17歳のあいだに経験する、心や体に深刻な影響を与えうるつらい出来事のことを指します(表を参照)。たとえば、虐待やネグレクトといった直接的な被害だけでなく、家庭内での暴力、親のこころの不調やアルコール・薬物の問題など、たとえ命には直接関わらなくても子どもが安心して過ごすことを難しくする環境も含まれます。つまりACEsは、「特定の深刻な出来事」だけではなく、子どもの生活を取り巻く慢性的なストレスも含めた、広い意味での逆境的な体験をとらえる考え方です。
ACEsが私たちに教えてくれること
このACEsという考え方は、1990年代の研究をきっかけに広まりました。特に重要な発見は、「つらい体験が多いほど、将来の健康に影響が出やすい」という点です。
たとえば、ACEsの数が多い人ほど、こころの不調や身体の病気、あるいは生活習慣に関わるリスクが高まることが知られています。逆境の積み重なりが少しずつ逆境体験の影響を強めていくことを示しています。
子ども時代の経験とその影響
子どもの頃にいくつものつらい体験を重ねてきた人は、その後の人生においてどのような影響を受けるのでしょうか。
研究では、ACEsの数が4以上の人は、そうした体験を全くしていない人と比べて、アルコール依存や薬物の問題に関連するリスクが高くなる可能性が示されています。また、複数の性的パートナーを持つことや性感染症の既往といった行動や健康状態についても、ACEsとの関連が指摘されています。さらに、肥満や体調不良といった、より広い意味での身体的な健康にも影響が及ぶ可能性が示されています。
こうした結果を見ると、「子どもの頃の経験が、その後の人生にこんなにも影響するのか」と驚かれるかもしれません。ただし、ここで大切なのは、「過去の経験がすべてを決めてしまうわけではない」ということです。人は新しい経験を通して変化したりする力も持っています。だからこそ、こうした知見は「過去にとらわれるため」ではなく、「今、どのように支えることができるか」を考えるための手がかりとして、理解を深める一歩のために大切にされているのです。
早い段階での支えの大切さ
ACEsの研究は、子どもの頃の経験がその後の人生に長く深く影響する可能性を示してきました。だからこそ、困難を抱える子どもに対して、できるだけ早い段階で気づき、支えることがとても重要になります。
「大人になってからつらさに気づく」というケースも決して少なくありません。しかし、本来はもっと早い段階で周囲が手を差し伸べることができれば、その後の負担を軽くできる可能性があります。子どもは一人で環境を変えることができません。だからこそ、社会全体でそっと見守りながら、必要なときに手を差し伸べていくことが大切だと考えます。そうした関わりの中で、安心して過ごせる子どもが少しずつ増えていくのではないでしょうか。
ACEsという概念が教えてくれること
ACEsという概念は、支援をしていく中で「なぜこの人はこんなにつらさを抱えているのだろう」という問いに対して、新しい見方を与えてくれます。それは、個人の問題としてではなく、「これまでの環境や経験の積み重ね」として理解しようとする視点です。その視点を持つことは、誰かを責めるのではなく、支えるための第一歩になります。そして、子どもたちが安心して成長できる社会をつくるための、大切なヒントにもなるのです。
文:柳百合子